2024-11-24
ユタカ!
ユタカ!
ユタカ!…
東京競馬場にドウデュースを称えてのユタカコールが響くのはこれが最後の日である。
あとひとつ。彼の引退にふさわしい花道がのこされた中山競馬場へユタカコールをわたそう。
ドウデュースという馬はおもえば主人公のような馬だった。
デビューから連勝での朝日杯FS制覇、弥生賞でのちの菊花賞馬アスクビクターモアに敗れての皐月賞はジオグリフの3着。巻き返しの東京優駿ではのちの世界最強馬イクイノックスを退けての制覇。秋はニエル賞と超悪天候の凱旋門賞に泣き、帰国後ひとつ上の最強馬エフフォーリアを見ながら京都記念制覇。
ドバイターフでは出走取消の憂き目に遭い、立て直しの天皇賞(秋)では鞍上の一時離脱、ジャパンカップでは同期イクイノックスの華々しい引退を前に4着。
有馬記念から今年の天皇賞(秋)までは、知っている通りだろう。
すべてが順調なわけではなかった。絶対に勝つわけではなかった。苦難があって、不可解なほど負けることがあった。それでも立ち上がって次は、次こそは、と夢を見せてくれる馬。まさに「ともに、見る夢」である。
そして今日、ジャパンカップ。
大欅を越えて3コーナーから4コーナー、早め抜け出したドウデュースが上がり最速で迫ってくる。ファンタスティックムーン、ゴリアットやオーギュストロダンを尻目に先頭に躍り出る。
日本総大将の肩書が示す走りはこうだ、オレの走りはこうだ、とドウデュース武豊は示した。必死に縋るドゥレッツァも迫りくるシンエンペラーも退けて走破した2分25秒5。
奇しくも25年前に日本総大将スペシャルウィークが走破したタイムそのものだった。
オグリキャップ、スペシャルウィーク、キタサンブラック、最後の秋を武豊騎手がともにした名馬にどこか少しずつ重なるところのあるドウデュース。最後の中山でもう一度、ドウデュース陣営を称えてユタカコールをしたい。
1999-11-28
「ニッポンの総大将として迎え撃つ」
その言葉が今聞けるなんて思わなかった。
私たちは夢でも見ているんだろうか。
思えば2022年の天皇賞・秋から不思議な感覚だった。過去の名馬に姿を重ねることはタブーだと思いながらも、果たして思い出さずにいられただろうか。
57秒4で1,000mを駆け抜ける黒っぽい鹿毛の姿。後続が小さく見えるほどの大欅手前。
そして欅を越えて第4コーナーへ。
「4コーナーから直線に、単騎先頭パンサラッサ入ってきた!」
きっと誰もが聞きたかった言葉を私たちは聞いた。
「4コーナー早くも…」
この先に本当はつながってほしかった言葉を24年の時を経て彼は聞かせてくれた。
このときはイクイノックスの切れ味が勝ったけれども、1998年だってステイゴールドやオフサイドトラップがどう直線で動いたかわからない。結局永遠に訪れないイフに違いないのだ。
それでも一人旅をした馬が帰ってきて翌日カイバをもりもり食べていると聞いただけで歓喜した。夢見心地な秋だった。
イクイノックスがそこから大飛躍を遂げるそばで同期のダービー馬ドウデュースはおそらく思うようには結果を積み重ねられていなかっただろう。
ドバイターフはまさかの除外、立て直しを狙った天皇賞・秋では鞍上武豊騎手のまさかの負傷、ジャパンカップでは馬自身の調子こそ上向いてきたもののラストランとなった同期イクイノックス勝利の影で4着。
そしてようやく、鞍上と調子を取り戻しての有馬記念では圧巻の走りで勝利、秋古馬三冠ローテーションを京都記念以来の白星で締めくくった。
明けてドバイターフは猛烈な包囲から抜け出せず、重馬場の宝塚記念では位置取りもあって掲示板を外すなどまたしても歯がゆい春を過ごした。
最後の秋は最速の末脚から始まった。
2歳朝日杯フューチュリティステークスから3年、毎年1つずつしかも国内GIタイトルを獲得する様はまるで平成前期の名馬のよう。予定通り次走はジャパンカップに見定めた。
まさに日本馬の総大将として申し分ない。ただ、近年は総大将を名乗ろうにも海外馬がなかなか参戦しないという悩みがあった(1~2頭は来ているが)。しかもかつてのように大々的にジャパンカップ参戦!と喧伝してくれなくては、総大将を堂々名乗ることもできない。
ここで幸運なことにオーギュストロダンがジャパンカップをラストランに指名していた。オーギュストロダンは英愛ダービーを含むGI6勝、しかもディープインパクトのラストクロップである。次いでキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスでのちの凱旋門賞馬ブルーストッキングに勝利したゴリアットが高らかにジャパンカップ参戦を表明、ドイチェスダービー、バーデン大賞勝ち馬のファンタスティックムーンも参戦を表明した。
世界トップクラスのGI、しかもダービー勝ち馬の参戦。
頭数こそ…いや頭数も近年では多いほう、1999年のジャパンカップを思い起こす実績馬たちの参戦である。なにより本当に大きいのはオーギュストロダンである。
1999年11月28日、前月エルコンドルパサーの敗戦に涙をのんだ日本の競馬ファンの前に堂々登場した凱旋門賞馬モンジュー。あの勝負服を纏ってオーギュストロダンは日本に来るのである。
「ニッポンの総大将として迎え撃つ」
それは武豊騎手にとっても25年前と同じ構図。しかもドウデュースの父は日本馬で唯一ディープインパクトに土をつけたハーツクライ。晩年の最高傑作同士、日本で対戦することが叶うのである。
ところで、過去の名馬に重ね合わせることは失礼にもあたることがあるが、武豊騎手自身ドウデュースのダービー前にこんなことを言っている。
「皐月賞が1番人気で3着だったことですよね。ダービーの結果まで同じであることを願っていますよ。あの時はダービー初勝利でした。せっかくスペシャルウィークを引き合いに出すなら他にも似た部分がある。物事に動じない点。ひょうひょうとした性格も同じ。異なるのはフットワークです」
【日本ダービー】武豊 史上初の50代V&6勝へ ドウデュースと伝説刻む「距離は大丈夫。左回りもいい」 - スポニチ競馬Web
フットワークというのはスペシャルウィークが典型的なストライド走法であるのに対してドウデュースがピッチ走法である、ということだったが、日本総大将にふさわしい馬として重ねて夢を見ることは許されたい。
ぜひ11月24日を迎える前に1999年ジャパンカップも見てほしい。
レースがどんな結果であっても世紀の一戦をどうか全人馬無事に駆け抜けられますように。願わくば総大将に勝利を。
ウマ娘メインストーリー第1部のための備忘録②-1
2回目ですがあらためて。
最初に注意書きをしておきますが、本記事は一般馬ファンかつウマファンが配信でストーリーを読むにあたって思い返しておきたい内容の備忘録です。
私が関係者でも有識者でもないということをあらかじめご承知おきください。
こんにちは、諸事情でうっかりVtuberになったツイッタラーの近間かずさです。
一番好きなファンファーレはJ・GI、次に好きなファンファーレは関東GIです。関西も好きなんですけど、関西は血がわき踊るようで関東は身が引き締まる感じがありますね。J・GIはマジで良いので聴いてみてください。
さて、前回の記事で第1章とメジロマックイーンについてモニョモニョ書きましたね。
今回は続きである第2章の主人公、ライスシャワーについて知っていきたいと思います。
ところでライスシャワーの主戦を務められた的場元騎手が「メジロマックイーンに乗ってみたかった」とおっしゃっていたそうですね。思わぬところでつながるものです。そういうお話を知ってか知らずか、第2章では駆けだしたチーム<シリウス>にライスシャワーが入ります。
小さな努力家ライスシャワーの同期にはスパルタの風、ミホノブルボンがいました。
このミホノブルボン、とにかく強い。適性は短距離と言われながら鍛え上げることで距離をこなし、無敗馬、ひいてはシンボリルドルフ以来の無敗三冠を期待されるウマ娘です。
実際の1989年生まれ世代(92年クラシック世代)はというと、役者ぞろいの豪華な世代でした。短距離にはサクラバクシンオー、ニシノフラワー。マイルにはトロットサンダー、シンコウラブリイ。中長距離にミホノブルボン、ライスシャワー、マチカネタンホイザなどウマ娘と縁がある名前もずらり。短距離界には最強論争が起きないとすら言われるサクラバクシンオーに”最後のステイヤー”ライスシャワーと様々な距離にスペシャリストがいた世代でした。
ライスシャワーは1991年3歳(現2歳)の初夏にはデビュー可能になるなど仕上がりの早い面もありましたが、熱発等を経て8月にデビュー。当時は短距離だった新潟3歳Sで鞍上の菅原泰夫騎手から長距離適性に言及されてからは1,600m以上の距離をこなすことになります。
芙蓉S後に骨折し、復帰戦は明けて4歳スプリングS。ここからパートナー的場騎手との縁ができます。しかしスプリングSでは的場騎手に先約があったため柴田政人騎手が鞍上を務め4着と健闘すると、的場騎手に手綱が渡り皐月賞8着、NHK杯8着とやや調子が振るわない春を過ごします。
そして迎えた東京優駿。前走までの結果から16番人気で出走したライスシャワーはミホノブルボンに「ついていく」作戦を採ります。とにかく粘る。粘って粘って粘り切ることがライスシャワーの力を引き出すと的場騎手は考えたのです。
ストーリーや、時折ネットで話題になる「ついてく、ついてく」はこの粘る作戦から来ているのだと思われます。
16番人気の2着は稀に見る高配当の立役者でありましたが、的場騎手はここに留まらないという思いがありました。ライスシャワーでミホノブルボンに三冠最後の一戦で立ち向かいたい。ウマ娘ライスシャワーのダービー後の勝ちたい、という願いは鞍上が抱いたくやしさからでした。
菊花賞ステップレースであるセントライト記念は田中勝春騎手が代打となり2着。負けたものの夏を経て馬体は成長し、まさに夏の上がり馬でした。次いで京都新聞杯ではミホノブルボンの2着。しかしここでも負けたものの本番への期待は十二分でした。なにしろミホノブルボンは当時から短距離向きとすら言われており、長距離はやや不向き。一方ライスシャワーは小柄ですらっとし、いかにもステイヤータイプな走りをする馬です。勝機は十分ある。寡黙な仕事人の的場騎手はオーナーである栗林氏にキョウエイボーガン※が出走してくればミホノブルボンを負かす可能性がある、と伝えました。
圧倒的無敗馬ミホノブルボンを負かす可能性と言及したことも、あまりオーナーと親しく話すことの少ない的場騎手がそう発言したこともオーナーの夫人である栗林育子氏は驚いて記憶していたといいます。
※神戸新聞杯勝ち馬。事前にミホノブルボンにハナをとらせないと宣言していた
菊花賞は東京優駿からの敢闘から2番人気、そして的場騎手の期待通りキョウエイボーガンが出走していました。
ミホノブルボンはハナを奪いたい、キョウエイボーガンもハナを奪いたい、今回はかくしてキョウエイボーガンがハナを取り切りました。経験のない競り合いによってミホノブルボンはやや掛かってしまいます。
まさに狙っていた通りの好機。じりじりと先団5番手につけて粘り、無理をせず控えていたライスシャワーは失速していくキョウエイボーガンを尻目に最終直線を駆けおりて1馬身1/4の差をつけて菊花賞を制したのでした。
「拍手もなくて、ブーイングのような雰囲気」(栗林育子氏)
勝ちたい、あのミホノブルボンに勝ちたい、惜敗し続けたミホノブルボンに勝ちたい。
そう願って鍛えて、努力してきたライスシャワー陣営に待っていたのは観客の落胆でした。シンボリルドルフのような強者の再来を願っていた観客はライスシャワーの勝利に対して祝福ではないような、異様な雰囲気を持っていたのです。もちろん祝った観客もいたでしょう、馬券に喜んだ観客もいたでしょう、それでも観客たちの雰囲気が語っていました。
「無敗三冠馬が見たかったナァ」
あと一歩だったから、去年のトウカイテイオー不出走があったから、理由は様々あったと思います。地方から中央に殴り込みをしたオグリキャップを持ち上げて、メジロマックイーンを強すぎて退屈と評しておきながら、なんだかんだ観客は強きものが勝つということを望んでしまうのです。
なんとミホノブルボンを掛からせたとして16着となったキョウエイボーガン陣営までもがファンから責められることになったほど、1992年クラシック戦線の幕引きは異常なものでした。
見たかったのはミホノブルボンの無敗三冠。なんだよ、三冠じゃないのかよ。そんな声に泣きそうなライスシャワーを見て<シリウス>チームメンバはくやしさの怒りに震えるのでした。
ウマ娘メインストーリー第1部のための備忘録①
最初に注意書きをしておきますが、本記事は一般馬ファンかつウマファンが配信でストーリーを読むにあたって思い返しておきたい内容の備忘録です。
私が関係者でも有識者でもないということをあらかじめご承知おきください。
改めましてこんにちは、諸事情でうっかりVtuberになったツイッタラーの近間かずさです。
好きなレースは菊花賞と天皇賞(春)、初めて競馬場に足を運んだGIは2022年天皇賞(秋)です。最高の滑り出しですね。
さて、ウマ娘プリティーダービーは育成や育成後のウマ娘たちによる対戦イベントが主なコンテンツとなっていますが、メインストーリーというものが存在します。
第1部はチーム<シリウス>の物語
第2部はチーム<アスケラ>の物語
シリウスにはもともとベテラントレーナーがいて、そのトレーナーからチームを引き継いでプレイヤーであるトレーナーとそのウマ娘たちが駆けだす物語となっています。
第1回目の配信で取り上げるのは第1章 駆け出しの一等星。主人公はメジロマックイーンで、先代トレーナー最後の教え子であるオグリキャップの引退レースを見るところから始まります。
プレイヤーであるシリウスの若手トレーナーはシリウスの所属ウマ娘から武豊騎手がモデルの一人ともいわれており※、若くして才能を発揮する敏腕トレーナー…ですがまだその序章である、といった様子です。
※ライスシャワー(主戦騎手的場均騎手)以外は武豊騎手の騎乗経験がある
では第1章を実際の競馬と照らし合わせてみましょう。
メジロマックイーンは1990年現在の馬齢表記3歳で新馬戦を飾り、村本善之騎手を背にあやめ賞までを、内田浩一騎手を背に菊花賞までを駆け抜けました。有馬記念はメジロ牧場の都合もあって不出走、同期のメジロライアンが出走する中でオグリキャップが武豊騎手とともに復活勝利を挙げました。1~2話でマックイーンが走らずにオグリキャップを見ているのもここから来ているのでしょう。
そして年が明けて1991年、三代制覇がかかる天皇賞を前に内田騎手から武騎手へと手綱は渡ります。
ウマ娘に描かれたトレーナーの交代、新生シリウスというのはオグリキャップ引退によって平成三強から新三強へ時代が移ること、そしてタマモクロスとオグリキャップから繋がれた芦毛最強伝説の続き、そして内田騎手と武騎手の年齢は同じですがこの乗り替わりも含まれているのではないかと思います。
さて、メジロマックイーン陣営の立ち上がりは3月10日の阪神大賞典。中団に控えながら最後第3コーナーあたりで前へ進出していくと競り合っていたゴーサインを振り落としてあっさり先頭に立ち、レコード優勝を果たしました。
そして三代制覇――父父メジロアサマ、父メジロティターンと同じ3,200mの天皇賞を求めてマックイーンは天皇賞(春)へ出走。メジロ牧場総帥だった北野豊吉氏の遺言であり悲願だった「ティターンの仔で天皇賞を獲る」はかくして達成されたのでした。
宝塚記念ではメジロライアンに勝利を譲ったものの、父子三代制覇は秋にもかかっていました。京都大賞典勝利を経て秋の天皇賞に向かったメジロマックイーン武騎手は大きな挫折をします。
斜行。内側または外側に大きく走路が逸れてしまうことを指し、ほかの馬が影響を受けてしまうと制裁を受けることもあります。
秋の天皇賞、絶好の位置から勝ちに行ったメジロマックイーンもこの斜行による制裁を受けました。武騎手には騎乗停止が、メジロマックイーンには18着への降着が下されたのです。勝ちに焦った結果、期待の重圧の結果、ウマ娘ストーリーではしばらく調子を崩してしまいます。武騎手も制裁後しばらく騎乗において調子が芳しくなかったという話がありました(※要ソース)
期待されながら、好位にいながらも抜け出せなかったジャパンカップ4着を経て有馬記念では横綱相撲のレースながらダイユウサクの脅威の末脚の前に2着と、着実にパフォーマンスは戻しつつも勝ち切ることができないまま1991年を終えました。
そして迎えた1992年、天皇賞(春)連覇のため91年と同じローテーションを踏みます。鞍上は同じく武騎手。阪神大賞典連覇から迎えた天皇賞には91年クラシック二冠ながら骨折で菊花賞出走を断念していたトウカイテイオーがいました。
「(トウカイテイオーは距離に関係なく)地の果てまでも駆けられる」
「こちらは天までも駆けられる」
このフレーズはトウカイテイオーに産経大阪杯で乗り替わり騎乗した岡部幸雄騎手のコメントと、それを受けたメジロマックイーン主戦の武騎手によるコメントです。
実際の対戦はステイヤータイプのメジロマックイーンが中距離得意のトウカイテイオーにあっさり勝利し、史上初めての天皇賞(春)連覇を達成することとなりました。(トウカイテイオーは5着)
その後骨折によって1992年内の復帰はかなわず、春の天皇賞三連覇を目指して調整をすることになったのでした。
ウマ娘第1章はこの天皇賞(春)連覇の物語まで。天翔けるウマ娘、というタイトルは武騎手の「天まで駆けられる」という発言を受けてのものでしょう。
なお、天翔けるという表現では「天馬、空をゆく」トウショウボーイの産駒であるミスターシービーがウマ娘でも進化スキル名として持っているので少し引っかかるところですね。
ウマ娘メインストーリーはアニメ版と違って章を追うごとに時代が進むことになります。第1部は1990年から1999年の物語、第2部は回想を挟みつつ2004年頃が中核となる物語となっています。配信でも出てくるウマ娘やもとのレースについて考えながら読んでいきたいと思いますので、よろしくお願いします!
クラシックレースって何?
3歳限定戦もいよいよ大詰めの秋競馬中盤。皆様いかがお過ごしでしょうか。
初めまして、諸事情でうっかりVtuberになったツイッタラーの近間かずさです。
好きなものは遊戯王と競馬です。わかりやすいですね。
さて、昨今いろんなものを経由して競馬に入られた方も多いですね。
かくいう私もWining Postシリーズやウマ娘プリティーダービー等を通じて本格的に競馬に触れた一人です。ウイポやウマ娘でいろんな歴史をひっくり返したり、ありえたかもしれない世界を垣間見て日々を過ごしています。
そんな中で先日の秋華賞でこのようなポストをお見掛けしました。
『えっ!秋華賞ってクラシックじゃないの!』
牝馬三冠路線というのは現在「桜花賞」、「優駿牝馬(オークス)」、「秋華賞」という体系になっており、そのすべてを勝ち取ると三冠牝馬の称号を得ます。
皆様も昨年のリバティアイランド、そして史上初めて無敗牝馬三冠を達成した2020年デアリングタクトが記憶に新しいのではないでしょうか。
皐月賞、東京優駿、菊花賞を獲ると「クラシック三冠」と言いますよね。
桜花賞、優駿牝馬はクラシックなのになぜ牝馬クラシック三冠じゃないのか。
答えは簡単で「秋華賞はクラシックレースじゃないから」です。
ではそもそもクラシックレースって何だろう?
日本で言うところのクラシックレースはイギリスのクラシック競走に準拠しています。
イギリスのクラシック競走は下記の通り。
・ダービー(3歳牡馬、牝馬)
これに対応して日本が創設したのが下記レース。
この5競走がクラシックレースです。
イギリスに秋華賞にあたるレースはありません。
また、過去の牝馬三冠目だったヴィクトリアカップやエリザベス女王杯も該当レースはありません。
ですので日本の牝馬三冠目はクラシックレースではないのです。
牝馬でクラシック三冠を獲ろうと思ったらイギリスと同じでオークス後に菊花賞に出る必要がありますね。
でももちろん日本で牝馬三冠路線を定義づけているからには秋華賞は大切な三冠目のGIレースです。人馬、そして馬券にそれぞれの思い実った10月13日でしたね。